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オトナノミカタ。
こんにちは。花雨。です。
みなさま、お暑い日々です。お元気ですか。


今日はわたしは録画していたカガクノミカタという子ども向けのNHK教育番組をいくつか視聴しました。
NHK子供向け番組ばかり見て! とそろそろお叱りをいただいてしまいそうです。


ですが、15分未満の短時間さで基礎的で基本的なことを学びなおしたり大人でも原点を忘れていたことを思い出させてくださる教育番組には、わたしはいつも頭が下がる思いで見てしまいます。
お許しくださいませ。


カガクノミカタはたぶんわたしの地域の再放送かなと思われます。

本来の番組の目的は、子供たちの生活の当たり前と子供たちがふだん感じる不思議さを行きつ戻りつしながらも、子供たち自身の不思議とはなんだろうと思うちからを覚えさせたり、理科や科学の目線を養うものだとわたしは思いました。

10分ほどの時間があれば見ることができる番組なので、理科が苦手なわたしでもふだんの日常のみえかたが少しおもしろく変わり観察することができれば良いなと思って見ています。


この番組を見ていて初めて知ることができたことがわたしはいくつかあります。


青い光沢が美しい翅をもつモルフォチョウの裏側を初めて知りました。
モルフォチョウはその表の翅が目に焼きつく輝きがあり印象が強いのですが、モルフォチョウの翅が閉じた状態は控えめな保護色でありふくろうの目玉のような模様が裏側の翅に入っている意外さにわたしは驚きました。


自然界を生き残る戦略はそれぞれの命により違うのですね。

後、わたしはふだんポップコーンをあまり食べないのですが好きなおお菓子のひとつです。
そのポップコーンに形が2種類あることも初めて知りました。
マッシュルーム型とバタフライ型というそうです。
丸く感じられるものと、ごつごつした形のものです。
乾燥させた爆裂種のとうもろこしの種類で形の違いが出るそうです。


ふだん見逃して美味しくいただいてしまうものの中にも、実は不思議が見つけられることを待つように隠れているのかもしれません。

番組ではかたつむりの歩き方もうつしだされていました。
かたつむりの前進の様子をよく観察してみるとうねるよう前に進みます。
わたしはそのかたつむりの不思議な歩き方はどういった仕組みなのだろうかと感じ、さらに自分でインターネットで調べてみました。

それは腹足という筋肉を使った進行波と言われる骨の無いかたつむり独特の歩き方だそうです。
かたつむりはカッターの刃の上でも腹足を上手に使い前に進めるそう。
人間はカッターや刃物の上は怪我をしてしまうので当たり前ですが歩くことはできません。


わたしは人間は好きですがなんだか不思議な気持ちになりました。
かたつむりと人間はどちらが地球にとってはより良い存在なのかなと。
人間は、かたつむりのことを子供から大人まで好む人々は多い印象ですが、かたつむりは人間の存在をどう感じているのでしょうか。


科学や理科の見方からはわたしはちょっとズレた見方をしている可能性は高いのですが、当たり前を疑うという立場からはあまりズレていないと信じたいです……。


子供向けの教育番組を見ていると考え過ぎることなく考えることができて嬉しいです。


わたしは今までたくさんの知らないことが当たり前だったけれど、知らないままでいさせることなく不思議をきっかけに、小さなアクションへ進み出させるような番組が世界には多く、嬉しいです。


みなさまもたまにお時間あるときお子様と一緒に時を過ごしたり、お子様の学校生活の様子をお聴きになったり、お子様がご興味あるものをご自身も挑戦してみたり、子供と大人を行きつ戻りつしてみる自分の日常も楽しめると、大人ならではの悩みが少し小さくなるような気がわたしにはするのです。


複雑で不安定な難しい未来のなか、誰もが選択を厳しく迫られる社会です。

いろんな大人が世界には確かにいますが、現時点で生きていれば全員その社会をなんだかんだ生き抜く大人たちだとわたしは思います。

理想の大人にはなれなくても大人としての責任や役割が果たせないことがあったとしても、人道的な道から外れたと思っても、生き抜く限り大人です。

わたしにとって大人とはもがくひとです。

わたしの立場の見方からは街を歩く人々にすれ違いながらもいつもそう思うのです。


今日はこのあたりで。
またこの世界で会いましょう。
カガクノミカタという番組、視聴できる方はぜひ見てみてください!






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2025/06/28 14:52 | 未選択
傘。
こんにちは。花雨。です。
太陽の陽射しが強くなりましたね。
みなさま、この夏をいかがお過ごしでしょうか。



今日は定期通院の予定の後、日傘を買い求めにいくつかのお店をまわりました。
去年の夏、風で壊れてしまったわたしの日傘。
日傘があると太陽の熱が遮られ心なしか過ごしやすいのです。


3つくらいお店をまわり、お店の雰囲気や不器用なわたしでも使いやすいもの、日傘の機能やお値段を試したり見てみたりしたのです。

ただ、なかなかお気に入りの日傘には今日は出会えません。
次点で良さそうな日傘はいくつかありそれらは保留にしていました。


最後に行ったお店にてたぶん日傘かなと思いパッケージの中身をきちんと確かめないで傘を買いました。
帰宅後、家で確認したら日傘ではなく雨傘だったのです!
あるあるのミスです。


だけれど、傘を開いてみたら機能的には問題はなくわたしがふだん選ばない色の傘。

ミントの色味がなんだか新鮮に目に映ります。
そして、あらかじめ家に置いてあるわたしの雨傘。
実はここ2年くらい一部が壊れていてちいさく雨漏りがして開くたびになんだか心配だった傘なのです。
閉じる時もスムーズにいかなかった哀しい傘。


その日傘と間違えて買った新しい雨傘はお店のセール品だったのか、値札の付け間違いだったのかはわからないのですが、予算よりも安く買うことができました。

日傘ではなく、新しい雨傘を今日は買いました。


なんだか不運と幸運についてちょっと笑いながら考えてしまうような日でした。
わたしは今日はその傘を変えて嬉しかったのですが、日傘を今年中に買うかまだ未定です。


日本列島どんどんむしむしと暑くなりますが、ここまで暑いと必要時以外は日傘をもち無理に外出するより、公共交通機関を駆使し屋内にいたほうが体調的には安心かもしれないとも個人的に思います。

あと夏場荷物を持っていると日傘すら手が足りなくなる印象がわたしにはあります。(気のせいだと思います。)


ではみなさま、わたしの失敗談をここまでお読みくださってありがとうございました。
幸運や不運とはいつどなたが決めるのかなと、なんとなくぼんやりと考えつつ、今日のできごとを書きました。

ものごとの捉え方は人それぞれでわたしはそれを世を渡るための見えないサバイバル技術と呼んでいます。


みなさまに静かな幸運がありますよう。
ではまたこの世界でお会いしましょう。


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2025/06/27 14:44 | 未選択
映画『FLEE フリー』感想。
こんばんは。花雨。と申します。
今日はNHKで放送された映画、『FLEE フリー』を視聴しました。


難民であり同性愛者であるかたの過去の記憶とそれにまつわる家族のお話でノンフィクションです。
アニメーションの技法で表現されています。


ふるさとを追われること、今ここから生き延びようとすること、国境をこえるということ、異国で生活をしていくこと、どれをとっても本来ならば人道的に護られなければならないものごとが、時代や戦争や政治の理不尽なパワーとして国民全てに脅威となり降りかかる様子が赤裸々に、しかし真っ当に言葉を選んで語られている映画でした。


彼の人生は生傷疼くものだとはわたしは思うのですが、傷を抱えるからこそ生き残った人間としての彼の責任感の強さと家族や友人、最愛のひとなど周りからの信頼厚い彼の人柄がちゃんと表されている丁寧な作り方をされている映画だともわたしは感じました。


詳細はぜひ視聴していただいて、ご覧になってくださるとわたしは嬉しいです。


わたしにとってむごいという言葉が常に針の雨のように人びとに刺さる現状と、そこから這い出さざるを得ない残酷な運命の冷ややかな光を真摯に教えてくださったアニメーションです。


彼とわたしの年齢はそう変わらないと思います。
同時代を生きているのに彼とわたしは見てきた情景も見ている光景も、まったく違うはずです。


わたしは映画の中で、難民として脱出するため古びた船に乗りこみそこから荒れる船旅のなか、彼がたまたま通りかかった豪華客船を見上げているシーンがとても胸が痛かったです。


TVはいつも世界の端と端をつなぎますが、その後もそのひとの人生は続きます。
彼は最後、最愛のひとと結ばれる未来を受け入れ向き合うことができます。
そこまでいくのにどれだけの命のバトンを彼の家族たちが手渡さなければならなかったのか考えると、目に見えないけれど確かに感じる、時代や戦争や政治の強さをわたしは無視はできませんでした。


密入国は罪になると思いますが、罪とは一体誰にとってどういうことなのだろうかとわたし自身問うて考えてしまいます。


お時間あるかたでご興味がおありのかたがもしもいましたら、この映画を視聴してみてくださいませ。
90分ほどです!


では今日は映画の感想でした。
このあたりで失礼致します。
またこの世界で会いましょう。
おやすみなさい。



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2025/06/22 17:53 | 未選択
静かな鳥。
みなさま。こんばんは、花雨。です。
今日はひさしぶりに朝から外出をしていました。

小鳥たちのさえずりがよく聞こえる町にわたしはいます。

自宅が山に少し近いこともありますが、町を散歩していても野鳥はもちろんスズメなどの小鳥たち楽しげな声が聞こえますし、そのかわいらしい姿をよく目にとめます。


今日は駅で電車を待っているときに見上げた青空に、飛行機が音も無くゆったりと飛んでいました。
飛行機からわたしは見えませんが、わたしは飛行機がどこまで行くのかわくわくしながら見届けていました。

わたしの存在を知らない飛行機はいつも目的地に一直線です。
その無関心さ。わたしにはうらやましく見えます。


乗客の数だけある人生を運び、ひととき結び、また解き放つ乗りものです。


わたしは飛行機に乗ったことはお恥ずかしながら人生で数回しかありません。
ですが空の下の光景、空の視点はなかなか忘れられません。

飛行機の小窓から見おろす大地に無数の人が生きています。
雲の下で人間はひとりひとり一生懸命生きているからこそ、争い続けるのかもしれません。
地上の眼差しとは違う空の眼差しは、わたしにとって異空間です。
わたしはいつも地上にいて飛行機を見上げているからです。


地上のものさしと空のものさしは、それぞれ良いところがあり種類が違うようにわたしには思えます。


今日も静かな大きな白い鳥はゆうゆうとわたしの頭上を通り過ぎて行きました。
飛行機に乗る人びとは時間をこえて海をこえて目的地でなにかを為すのですね。
わくわくします。

みなさまは飛行機にはよく乗られますか?
乗っているとき地上のわたしたちを思いますか?
わたしは地上から見上げるとき、飛行機は旅というハプニングを含んだギフトを運んでいるように思うことがあります。

飛行機が無事目的地へついたとき人びとにどんな旅が神さまから贈られるのでしょうか。

それでは今日はこのあたりで。
おやすみなさいませ。
またこの世界でお会いしましょう。






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2025/06/13 19:31 | Comments(0) | 未選択

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